他力本願の意味


さてさて、以前ご質問頂いていた事。
他力本願について…。

………………………


自力でなんとかするのではなく、
他者になんとかしてもらおう♪
って
ことを

俗に

『他力本願』

って言葉を
使う傾向⁈がありますが

これって
良くない事なの?

ってお話です。

…………………………

これね〜〜
他力本願の意味が
本来と
使われてる意味と違うんですよね。

本当は
他力本願の頼みは
阿弥陀如来(あみだにょらい)の力をかりること。なんです。

この阿弥陀様はですね、全ての仏様の
先生、ご師匠であり
他の仏様にない力を持っておられます。
それは、どんな力なのか、、、
無明の闇を破する力。
無明の闇とは、私たちの心にある
暗い心ですべての苦しみの根元。
無明の闇が破れると、幸せになれると教えられているんですよね。

「本願」とは

人々が仏になろうとする願いであり

安易に人の力をかりるような意味とは
まったく違うことなのですよ。


これは
仏教の教えでもありますので
宗教的な考えも
それぞれお持ちでしょうが
(ちなみに私は無宗教です^^)

『他力本願』とは

とてもありがい存在の力を借り
願う事であり
神様にお願いする行為なのです。


他力本願ではダメ!と
とられる所以は
他者に頼りっきりで
なんとかモノにしてやろう!という
いかにも、自力で解決の努力せずに…
という浅はかな行為に対してでは
なかろうかと思いますが^^;

世の中には
どうしても自分では
解決出来ないこともあります。

自分ではどうにもならない事は
『天に任せます。どうか、幸せなお導きを。。』
と委ねる事も
また一つの手立てということでは
なかろうかと…
観えない存在にも
敬意をはらい幸せを願う。

本来の意味からすれば
他力本願は
悪いことではないと
私は思っておりますよ😊✨


暗闇から光が観える。

これもまた
悟りの一つ。
教えではないのでしょうか。。。


〜今日の言葉〜
自分の見えてるものが
全てとは限らない。
願う事でも幸せな導きがあると
信じてみるのも
自身の行いの一つであり
誰にも咎める事は出来ない。

大事な事はいつも此処に在る

hiro

Be-shin オンナ塾

愛し  愛されるための しなやかな生き方を目指して